概要
離型剤は成形品を型から取り外しやすくするために使用される薬剤や添加物の総称です。離型剤の成分や膜厚は、成形品との接着/剥離性能に影響するため重要となります。材料に塗布された離型剤は非常に薄いため、試料表面の化学構造を解析できるX線光電子分光法(ESCAまたはXPS)による分析を行いました。
分析装置
装置 | VersaProbeⅡ(アルバック・ファイ製) |
条件 | X線源 AlKα (1486.6eV)、スパッタ種 Arガスクラスターイオン銃(Ar-GCIB)分析 |
試料
市販 ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム
結果及び考察
ESCAは試料にX線を照射し、発生する光電子を検出する手法です。X線により励起された光電子の脱出深さは試料表面から数nmのため、分析深さは極表面の数nmとなります。ESCAでは、含有元素のピーク位置(結合エネルギー)より離型剤の成分を解析できます。また、Arイオンビームで試料を削り、測定と交互に繰り返すことで深さ方向分析ができるため、離型剤の膜厚も解析可能です。
1)離型剤の成分解析
市販PETフィルムの全元素分析結果(ワイドスキャンスペクトル)を図1に示します。炭素(C)、酸素(O)に加えて、ケイ素(Si)のピークが検出されました。ピーク位置より、Siはシロキサン結合(Si-O-Si)に帰属され、離型剤の成分はシリコーン樹脂と推定できます【図2】。

【図1】市販PETフィルムのワイドスキャンスペクトル 【図2】Si2p高分解能スペクトル
2)離型剤の膜厚解析
市販PETフィルム 2種類(フィルム①、フィルム②)のESCA深さ方向分析結果を図3に示します。Siピーク(離型剤由来)は試料表面(スパッタ深さ 0nm)から徐々に減少し、最終的に消失しました。Siピークが非検出となるスパッタ深さはフィルム①で約15nm※、フィルム②で約10nm※のため、離型剤の膜厚はフィルム①>フィルム②と推定できます。(※PMMA(ポリメチルメタクリレート)を用いた換算値)
各スパッタ深さにおけるSi濃度※※を図4に示します。ピーク強度から組成を算出することで、試料間の離型剤を定量的に比較できます。(※※検出元素の百分率表示)

【図3】市販PETフィルムのESCA深さ方向分析結果(Si2p高分解能スペクトル)

【図4】各スパッタ深さにおけるSi濃度
まとめ
ESCAは薄膜(nmオーダー)の成分解析に有用な分析手法であり、Arイオンビームによるスパッタを組み合わせることで膜厚解析も可能となります。
市販フィルム表面に存在する離型剤を分析し、離型剤の成分(シリコーン樹脂)や試料間の膜厚差異を推定できました。本手法は表面改質したポリマー材料や劣化解析にも適用でき、試料表面から内部における化学構造を評価可能です。