概要
材料に光を入射すると、分子振動等に起因した光の吸収が生じる。この時、光の波長(エネルギー)を変えながら吸収量を計測することで分光スペクトルが得られる。赤外分光スペクトルや紫外可視分光スペクトルなどは代表的な分光スペクトルであり、材料の化学構造の評価手法として広く利用されている。
一方、X線吸収微細構造(XAFS)測定では光ではなくX線の吸収スペクトルを計測する。X線の吸収スペクトルの形状から分析対象とする元素の価数、配位数、原子間距離といった局所構造に関する情報を元素選択的に取得することが出来る。本技術資料では、昇温に伴う鉄さびの構造変化をIn-situ XAFS測定により評価した事例を示す。
試料
・鉄さび(オキシ水酸化鉄(FeOOH))
加熱に伴い赤さび(Fe2O3)へと変化【図1】
分析条件
・施設 |
あいちシンクロトロン光センター |
・ビームライン |
BL11S2 |
・測定モード |
透過 |
・雰囲気 |
N2/O2=4/1 |
・温度 |
25℃~800℃(昇温速度10℃/min) |
・スキャン条件 |
100℃間隔で測定(1min/1スキャン) |
結果
昇温過程における鉄さびのFe K吸収端近傍のX線吸収スペクトルを【図2】に示す。室温で7131eVに検出された吸収端のトップが200℃を境に7134eVへと変化した。このことから、200℃前後でFeOOHがFe2O3へと構造変化したことが分かる。
次にXAFS測定結果から動径分布関数を計算し、Fe原子周辺に存在する元素との距離を求めた。各温度における動径分布関数の計算結果を【図3】に示す。
1.5Å付近に認められるピークは第一近接元素であるOとの距離(Fe-O間距離)、2.6Å付近に認められるピークは第二近接元素であるFeとの距離(Fe-Fe間距離)に対応する。ここでは、Fe-Fe間距離に注目した。Fe-Fe間距離の温度変化を【図4】に示す。100℃~400℃の温度帯でFe-Fe間距離が短くなる傾向が認められた。この時、Fe-Fe間距離の変化量は⊿0.16Åであった。この値はFeOOHとFe2O3の結晶構造【図5】から計算されるFe-Fe間距離の差に対応することから、本測定で得られたFe-Fe間距離の変化はFeOOHがFe2O3へと構造変化することで生じていると考えられる。
注1) XAFS解析結果から得られる原子間距離は、結晶構造から求まる現実の原子間距離よりも若干短く検出されるため、注意が必要である。
まとめ
In-situ XAFS測定を用いることで、材料の価数、配位数、原子間距離の変化を評価することが可能である。また、本手法では測定雰囲気(ガス)をある程度制御することが出来るため、化学反応過程における触媒の化学状態変化の測定に適している。