概要
高分子膜は、包装材料から半導体材料まで様々な用途に使用されます。膜を構成する高分子の種類や 構造などは材料特性に影響するため、その化学状態を把握することは重要です。X線光電子分光分析装置(ESCA(XPS))は分析深さが数nmと非常に浅いため、薄膜の化学状態解析に特に有用ですが、高分子膜では化学状態を維持したまま測定可能なアルゴンガスクラスターイオン銃(Ar-GCIB)が必須となります。
今回は標準試料とモデル試料を例に、Ar-GCIBを搭載したESCA(以下、GCIB-ESCA)による高分子膜の 深さ方向分析を紹介します。
分析事例の紹介
<Ar-GCIBの特徴>
Ar-GCIBは、高分子膜の低損傷スパッタが可能です。ESCAと組み合わせて、nmオーダー単位で深さ方向の化学状態を解析できます。
標準試料PMMA(ポリメチルメタクリレート)/Si基板の深さ方向 分析結果を行いました。PMMAの構造式を【図1】に、深さ方向のC1s高分解能スペクトルを【図2, 3】に示します。
汎用的なスパッタはArモノマーイオン(Ar+)を用いますが、スパッタ後にピークシフトやピーク消失が確認され、PMMAの化学状態が変化しています【図2】。一方、GCIBスパッタはスパッタ前後のピーク形状が同等であり、PMMAの化学状態を維持していることが分かります【図3】。
これらの結果より、高分子膜の深さ方向分析にはGCIB-ESCAが有用となります。
<高分子膜の深さ方向分析>
ポリスチレン(PS)/ポリエチレンテレフタレート(PET)膜【図4】をモデル試料として、GCIB-ESCAによる深さ方向分析を行いました。
ESCAでは、スパッタと測定を交互に繰り返してスペクトルを取得し、元素組成や化学状態を解析できます。深さ方向の組成分析結果(デプスプロファイル【図5】)とC1s高分解能 スペクトル【図6】を示します。
デプスプロファイルの組成分析結果は理論値(PS:C/O=100/0, PET:C/O=78/28)と良く一致し、C1sピークはPSおよびPETの化学状態を反映しました。さらに、PS/PET界面(約180~280nm深さ/PMMA換算値)の存在が明らかとなりました。
このように、GCIB-ESCAによる深さ方向分析は高分子膜の化学状態解析に有用です。今回は数百nm オーダー膜厚の高分子膜を分析した結果を示しましたが、ESCAでは、さらに薄膜(nmオーダー膜厚)の高分子膜も評価可能です。