概要
X線光電子分光(ESCAまたはXPS)の分析深さは数nmで、ポリマー表面の分析手法として一般的な赤外分光法(IR)に対して極表面の構造解析が可能です。この特長をエンジニアリングプラスチックに適用した事例を紹介します。
分析手法
<ESCA>
・装 置 :VersaProbeⅡ(アルバック・ファイ製)
・条 件 :X線源AlKα 、X線照射径100μmφ
<IR>
・装 置 :FT-IR-4100(日本分光製)
・条 件 :ATR法(結晶板ZnSe)、検出器TGS
試料
・試 料 :PEEK板(市販品)
・前処理 :250℃/4週間の熱処理(大気下)
結果及び考察
耐熱性などに優れるエンジニアリングプラスチックは汎用プラスチックと比べて加熱時の構造変化が小さく、材料表面の劣化解析が困難な場合があります。エンジニアリングプラスチックの一つであるポリエーテルエーテルケトン(PEEK【図1】)に熱処理を実施し、IR(分析深さ数µm)とESCA(分析深さ数nm)で分析結果の比較を行いました。
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1) IRによる表面の劣化解析
熱処理前後のPEEKをFT-IR分析した結果、試料間で明確な差異は確認されませんでした【図2】。
PEEKは耐熱性に優れるため、250℃/4週間の熱処理では極表面しか構造変化しておらず、IRの分析深さ(数µm)では劣化解析が困難と判断しました。
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2) ESCAによる表面の劣化解析
(1)全元素分析
試料の極表面を分析可能なESCA(分析深さ数nm)により、PEEKの劣化解析を検討しました。含有元素を判別可能なワイドスキャンスペクトルを図3に示します。熱処理後にO濃度が増加し、PEEK最表面の酸化を推定できました【表1】。
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※C, Oのみの百分率表示 |
||
PEEK |
atom% |
|
---|---|---|
C |
O |
|
未処理品 |
87 |
13 |
熱処理品 |
82 |
18 |
(2)C成分解析
ESCAではピーク位置から化学結合状態、波形分離して求めたピーク面積から成分の含有割合を解析可能です。C1sピークより、熱処理後にCOO成分の生成が明らかとなりました【図4、表2】。この結果は前述したO濃度の増加に矛盾せず、熱処理によるPEEK分子鎖の切断や架橋といった構造劣化を推定できました1)。
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PEEK |
ピーク面積強度比(%) |
|||
C-C |
C-O |
C=O |
COO |
|
未処理品 |
77 |
19 |
4 |
– |
熱処理品 |
75 |
18 |
1 |
6 |
まとめ
ESCAは分析深さ数nmの表面に敏感な分析手法で、エンジニアリングプラスチックなど劣化しにくい材料の構造解析に有用です。
熱処理後のPEEKを測定した結果、IRでは検出不可能な極表面の構造劣化を見出し、分子鎖切断や架橋を明らかとしました。本手法はPEEK以外のエンジニアリングプラスチックのほか、汎用ポリマーにおける劣化初期の構造変化も評価可能です。
引用文献
1) Polymer Degradation Stability, 120(2015) 419-426.