概要
固体脂肪含有量 (SFC) は、所定温度における油脂中の固体脂の割合を示すもので、油脂の品質に大きく影響します。特にSFCの融解プロファイル (SFCと温度の関係) は、固さ、口当たり、加工性などの感覚的、物理的特性に影響を与えることから非常に重要なパラメーターとなっています。本技術資料では市販の食用油脂の融解プロファイルをTD-NMRで評価した事例をご紹介します。
原理(1),(2)
TD-NMRによるSFC測定には、間接法と直接法という2つの方法があります。本資料では、試料 (食用油脂) のNMR自由誘導減衰 (FID) から固体と液体の両方の信号を測定する直接法を用いています。直接法では、固体からの信号が液体よりも非常に速く減衰することを利用して、固体と液体の比を観測します。
原理的には図1のFIDが最大となる固体と液体の全信号に対応する点 (90˚ RFパルス直後) と固体の信号が減衰しきった後の液体のみ信号の対応する点を測定することでSFCの算出が可能となります。しかしながら、実際にはデッドタイムがあるため、90˚ RFパルス直後の測定は不可能です。そのため、液体と固体の信号は90˚ RFパルス照射8.5 µs後に取得されます。次いで、液体のみ信号が70 µs後に記録されます。信号の測定ができないデッドタイム部分はf係数として知られる補正値を用いて0 µs時のFIDを外挿しています。f係数はSFC既知の標準試料を使用して求めます。SFCは下記の式 (1) から算出されます。


【図1】TD-NMR直接法によるSFC測定方法の概略図(1), (2)
分析試料・分析方法
分析試料と測定条件は次のとおりです。
試 料 | 市販バター、市販マーガリン、市販ファットスプレッド |
装 置 | ブルカー社製 minispec mq20 |
繰り返し時間 | 1.5 sec |
積算回数 | 4 |
標準試料 | ブルカー社製 SFC 0 %, 31.5 %, 72.8 % |
図2にSFC測定のスキームを示します。まずSFCを測定する前に、試料 (食用油脂) は結晶構造を安定させるためにテンパリングという工程を行う必要があります。テンパリングの工程では所定の温度に試料を一定時間入れておくことで、試料の融解、冷却や再加熱といったことをします。ここでは試料を100℃×15分で融解した後、60℃×5分、0℃×60分の順に調温を行い、試料の熱履歴を除去しました。テンパリング直後の0℃のSFC測定を行った後、昇温5℃×30分の調温と測定を40℃まで行い各試料の温度毎のSFCを得ました。

【図2】SFC測定のスキーム
結果
図3に測定より得られた各試料のSFCの融解プロファイル (SFCと温度の関係) を示します。
保存温度の10℃以下では、バターのSFCが最も高く、ファットスプレッドのSFCはバターの半分程度であることが分かります。各試料とも保存温度の10℃を超えると急激にSFCが低下し、30℃を超えるとSFCは0%近くになりました。
このようにTD-NMR直接法によるSFC測定で市販食用油脂のSFCと温度の関係を明らかにすることができました。

【図3】各試料のSFCの融解プロファイル
参考文献
(1) Marcio Fernando Cobo, Eleonore J. Deublein, Agnes Haber, Rance Kwamen,
Manoj Nimbalkar,Frank Decker ‘TD-NMR in Quality Control: Standard Applications’
Modern Magnetic Resonance (2018)
(2) 原 英之 「TDNMR の基礎と応用例」 ぶんせき 2021年 第12号