概要
核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance:NMR)法は、分子構造や様々な分子間相互作用、分子の運動状態などを調べる手法で、高分子化学、生物化学、医学等の広範囲な分野で活用されています。今回は、固体NMRによる解析手法として、高分解能測定手法、2次元NMRによる分子構造解析手法を紹介します。
1.高分解能測定手法
固体NMRでの高分解能測定手法として、CRAMPS(Combined Rotation And Multiple Pulse Spectroscopy)法、MQMAS(Multiple Quantum Magic Angle Spinning)法を紹介します。
1)CRAMPS(Combined Rotation And Multiple Pulse Spectroscopy)法
固体試料の1H NMRでは、1H-1H間の双極子相互作用によりピークの線幅が広くなり、詳細解析が困難な場合があります。そこで同種核双極子相互作用を取り除く方法としてCRAMPS法が用いられます。
例として、α –グリシンの固体1H NMR結果を示します【図1】。通常の1H MAS NMRではピークが広幅で詳細解析は困難ですが、CRAMPS法では鋭いピークが3成分観測されました。CH2ピークはグリシンの結晶構造によりピーク本数が変化し、α –形の結晶では2本(CH2の水素が非等価)、γ –形の結晶では1本(CH2の水素が等価)観測されるため、スペクトル形状から結晶多形を区別することが可能です1)。
2)MQMAS(Multiple Quantum Magic Angle Spinning)法
MQMAS法は四極子核のうち、半整数スピンを有する核種(11B、23Na、27Al等【図2】)での高分解能スペクトルを取得する測定手法です。
例として、ホウ素を含むガラスの11B NMRスペクトルを次に示します。まず、【図3】は通常の11B MAS NMRスペクトルで、3配位のホウ素(BO3)と、4配位のホウ素(BO4)のピークが観測されました。
【図4】は11B MQMASスペクトルで、横軸(F2軸)が通常のスペクトル、縦軸(F1軸)が高分解能スペクトルに対応した2次元のスペクトルが得られます。
MQMASスペクトルでは、通常のスペクトルでは1成分として観測されていた3配位ピークが2本観測され(図中↓)、それぞれ環状のホウ素と、鎖状のホウ素に帰属されました2)。
2.分子構造解析手法
固体NMRによる有機材料や高分子材料の分子構造解析手法として、2次元測定法である1H-1H DQMAS(Double Quantum Magic Angle Spinning)法、及び1H-13C FSLG-HETCOR(Frequency Switched Lee-Goldburg HETero nuclear shift CORration spectroscopy)法について紹介します。
1)1H-1H DQMAS(Double Quantum Magic Angle Spinning)法
DQMAS法は、双極子相互作用による磁化移動を利用し、近傍に存在する同種核間の相関ピークを取得する方法です。
例として、α –グリシンの1H-1H DQMAS スペクトルを示します【図5】。縦軸、横軸ともに1H軸で、図の赤線で示した横に並んだピークの成分同士が近傍に存在していることを表しています。また、縦軸の化学シフト値は、相関するピークの化学シフト値を足した値となります(例えば、3ppmのピークと5ppmのピークが相関する場合、縦軸の化学シフト値は3 + 5 = 8 ppmとなります)。
【図5】ではCH-CH相関、及び2種類のCH-NH相関ピークが得られ、各官能基が近傍に存在することを示しています。
なお1H DQMASでは、スペクトルの分解能を向上させるため、高磁場装置の使用や、高速MAS回転での測定が推奨されます。【図5】の測定では700MHz NMR、固体1.3mmプローブを用い、60kHzのMAS回転下で測定しています。
高磁場装置や小径プローブの使用が難しい場合、双極子相互作用を除去可能なCRAMPS法を利用した2次元測定を用いることで、通常プローブでも高分解能なスペクトルを得ることが可能です3)。
2)1H-13C FSLG-HETCOR(Frequency Switched Lee-Goldburg HETero
nuclear shift CORration spectroscopy)法
1H-13C FSLG-HETCOR法では、空間的に近くに存在する1H-13C間の相関ピークを得る測定手法です。FSLG法は1Hスペクトルを高分解能化する手法、HETCOR法は異種核間の相関ピークを得る手法で、両者を組み合わせることで、1H軸を高分解能化した1H-13C 2次元スペクトルが取得可能です。
例として、α –グリシンの1H-13C FSLG-HETCORスペクトルを示します【図6、7】。横軸が13C軸、縦軸が1H軸です。【図6】では、CH2、C=Oの13C成分と、CH、NH3+の1H成分との相関ピークが観測されています。
測定パラメータである接触時間を短くし、より距離が近い1H-13C相関のみが観測されるよう調整すると【図7】、近い距離にあるCH2の13Cと1Hとの相関ピークが主に観測され、Hから離れているC=Oや、Cから離れているNH3+の相関ピークはほとんど観測されませんでした。接触時間を短くすることで、1H-13C HSQC測定のように直接結合した1H、13C成分を調べることが可能です。
本手法は、分子間の相互作用解析や、結晶状態の混合度合い(共結晶か否か)を調べる際にも利用されています。
参考文献
1)日本化学会 編、「第5版 実験化学講座 8 NMR・ESR」、丸善出版(2006)
2)L. Du and J. F. Stebbins, Chem. Mater., 15, 3913(2003).
3)薛 献宇、神崎 正美、地球化学、42(4)、133(2008).