概要
核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance:NMR)法は、分子構造や様々な分子間相互作用、分子の運動状態などを調べる手法で、高分子化学、生物化学、医学等の広範囲な分野で活用されています。本講座では、
2次元NMRの簡単な原理と、溶液NMRにおける代表的な2次元NMR測定法4種について説明します。
1.2次元NMRの原理1,2)
2次元NMR測定は、複数のパルスとそれらの間の待ち時間からなる一連のパルスシーケンスで記述され、一般的に【図1】に示した4つの時間領域(準備期、展開期、混合期、検出期)で構成されます。準備期に励起された磁化は、展開期に核スピンごとの固有の情報(化学シフト、J結合)をもって展開し、混合期に相互作用する他の核スピンと相関づけられた後、検出期にNMR信号(FID)として検出されます。したがって、2次元NMR測定のFIDは核スピン間の相関(相互作用)についての情報を含みます。
2次元NMRでは、【図1】のように展開時間t1を少し(Δ t)ずつ延ばしながら多数の1次元測定を行うことで、t1の長さに応じて変調した一連のFIDが取得されます。
得られた一連のFIDを【図2】のようにx軸をt2軸、y軸をt1軸として並べると、x軸方向はFIDでありフーリエ変換(FT)可能、y軸方向もFIDをΔ t間隔でサンプリングした形のデータ(インターフェログラム)となりFT可能です。そこでt1、t2の両時間軸をFT(周波数軸f1、f2に変換)すると2次元NMRスペクトルが得られます。
2.代表的な溶液2次元NMR測定法
代表的な溶液2次元NMR測定法として、一般的に分子の構造解析で使用する測定法4種を紹介します。これらは化学結合を介した相互作用であるJ結合(スピン結合)を利用した測定法です。ここでは例として1-プロパノール重水溶液を試料としています(OH基は重水との交換のため不検出)。
2-1) 同種核相関(1H-1H) 2次元測定
1H間の相関を解析する測定法としてCOSYとTOCSYを紹介します。同種核相関(1H-1H)測定では縦軸、横軸はいずれも1Hの化学シフト軸を示し、対角線上のピーク(対角ピーク)は1次元1Hスペクトルに対応します。それ以外のピーク(交差ピーク)から目的の相関を読み取ります。
2-1-1) COSY
1H-1H COSY(COrrelation SpectroscopY)は、J結合を介した2つのH間の相関を得る測定法で、主に隣接水素の解析に使用します。1-プロパノールの1H-1H COSYスペクトルを【図3】に示します。
交差ピークを見ると、ピーク1とピーク2(緑)、ピーク2とピーク3(赤)の間で相関が確認されており、ここから1–2–3の並びで結合していることが分かります。化学シフトより、低磁場側のピーク1がCH2-OD基、高磁場側のピーク3がCH3基と判断できます。
COSYの変法として、解析の妨害となりがちな軽水ピーク等の非相関ピークを排除できるDQF(2量子フィルター)-COSYがよく用いられます。
2-1-2) TOCSY
1H-1H TOCSY(TOtal Correlation SpectroscopY)は、J結合を介して繋がっている全てのH間の相関を得る測定法です。 1-プロパノールの1H-1H TOCSYスペクトルを【図4】に示します。
COSYと同様に交差ピークを見ると、ピーク1からピーク2, 3両方に相関が確認され(紫)、1, 2, 3が隣接した化学結合で繋がっていることが分かります。
TOCSYはCOSYとセットで水素の配列解析に使用され、分子が四級炭素やエーテル結合等を有しJ結合が切れる場合には、部分構造の解析(糖鎖中の単糖ごとの解析等)に特に有効です。TOCSYはHOHAHA(HOmonuclear HArtmann-HAhn spectroscopy)とも呼ばれます。
2-2) 異種核相関(1H-13C)2次元NMR
1H-13C間の相関を解析する測定法としてHSQCとHMBCを紹介します。異種核相関(1H-13C)測定では一般的に縦軸に13Cの化学シフト軸、横軸に1Hの化学シフト軸を表示します。
2-2-1) HSQC
1H-13C HSQC(Heteronuclear Single Quantum Correlation)は、H-Cの直接結合の相関を得る測定法です。1-プロパノールの1H-13C HSQCスペクトルを【図5】に示します。
交差ピークを見ると、3種類の水素のピーク(1~3)と3種類の炭素のピーク(a~c)のうちどれが結合しているか(1–a, 2–b, 3–c)が一目で分かります。
HSQCは結合情報を直観的に把握しやすい測定法であり、構造解析の起点としてよく利用されます。HSQCの変法として、DEPT135(炭素級数の区別が可能)の機能を付加したEdited-HSQCが知られています。
2-2-2) HMBC
1H-13C HMBC(Heteronuclear Multiple Bond Correlation)は、2~3結合離れたH-C間(H-X-CとH-X-X-C)の相関を得る測定法です。1-プロパノールの1H-13C HMBCスペクトルを【図6】に示します。
1Hのピーク1に着目すると、13Cのピークb (隣の炭素)及びピークc (2つ隣の炭素)との相関が確認されます。このように、HMBCではHSQCを補完する隣接した結合の情報が得られます。
HMBCはHSQCとセットで分子構造解析に必須ともいえる測定法ですが、2結合と3結合の両方が観測されるために帰属が曖昧になる場合があります。そのような場合は2結合の観測に特化した測定法としてH2BC(Heteronuclear 2-Bond Correlation)が利用できます。一方、4結合以上離れたロングレンジ(LR)相関を観測できる測定法としてLR-HSQMBC(Heteronuclear Single Quantum Multiple Bond Correlation)があります。
3.まとめ
本講座では、2次元NMRの簡単な原理と、溶液における代表的な2次元NMR測定法を紹介しました。本講座で紹介した測定法を以下にまとめました(【表1】、【図7】)。
分類 |
測定法 |
得られる情報 |
同種核 1H-1H |
COSY |
隣接水素 |
TOCSY |
隣接水素網の全相関 |
|
異種核 1H-13C |
HSQC |
H-C直接結合 |
HMBC |
2~3結合離れたH-C相関 |
溶液2次元NMRには他にも様々な測定法があり、空間を介した相互作用を利用したNOESY(Nuclear Overhauser Effect SpectroscopY)やROESY(Rotating frame nuclear Overhauser Effect SpectroscopY)では、1H核の位置関係(一般に5Å以内)を調べることができます。また、感度は低いですが13C-13Cの直接結合情報が得られる測定法にINADEQUATE(Incredible Natural Abundance DoublE QUAntum Transfer Experiment)があります。溶液2次元NMRに関する詳細は、文献3) 等の成書をご参照ください。
参照文献
- 1) 阿久津秀雄、島田一夫、鈴木榮一郎、西村善文 編、「NMR分光法」、講談社(2016)
- 2) 日本化学会 編、「第5版 実験化学講座8」、丸善(2006)
- 3) T. D. W. Claridge 著、「有機化学のための高分解能NMRテクニック」、竹内敬人、西川実希 訳、講談社サイエンティフィク(2004)