概要
核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance:NMR)法は、分子構造や様々な分子間相互作用、分子の運動状態などを調べる手法で、高分子化学、生物化学、医学等の広範囲な分野で活用されています。今回は、固体NMRの1次元測定手法の紹介、1次元スペクトルの特徴について紹介します。
1.固体NMRの3つの測定法
固体NMRの1次元測定手法である、SP(Single Pulse)法、DD(Dipolar Decoupling)法、
CP(Cross Polarization)法の3種類の測定法について詳しく紹介します。
1) SP法
SP法は最も単純な測定法で、測定核種をラジオ波の照射により励起させ、FIDを観測する方法です【図1】。パルスシークエンスは溶液の1H NMRと同じですが、固体NMRではMAS回転を行うため、溶液NMRとの区別のためSPMAS法、1H MAS NMR等と呼ばれます。
2) DD法
DD法は、異種核間の双極子相互作用(前回講座の4.補足を参照)が大きい場合に用いられます。
例として、13C核種のDD法のパルスシークエンスを示します【図2】。13C測定では、1H-13C間の双極子相互作用(前回講座の4.補足を参照)がスペクトルを広幅化するため、1Hのデカップリング(Dipolar Decoupling)を行い、スペクトルを先鋭化します。この手法でもMASを用いるため、DDMAS法とも呼ばれます。
3) CP法
CP法は、交差分極(Cross Polarization)法を用いた1次元測定法です。例として、13C核種のCP法のパルスシークエンスを【図3】に示します。
CP法では、①1H核種を90°パルスで励起する、②1H核種の磁化を、双極子相互作用を利用して13C核種へ移す(交差分極)、③13C核種のFIDを取得する(+1Hデカップリング)の3つの過程からなります。
CP法もMASと併用されるため、一般的にCPMAS法と呼ばれます。
4) 測定法の使い分け
紹介した3つの測定法の対象核種と、それぞれの特徴について【表1】にまとめました。
【図1】 3つの測定手法の対象核種とその特徴
SPMAS法は最も簡単な手法で、高速でMAS回転を行うことで、1Hや19Fスペクトルを高分解能化することが可能です。
DDMAS法は、測定核種の近傍に水素元素がいる場合(高分子や有機材料の13C核種等)に用いられ、定量性のあるスペクトルを取得することが可能です。しかし、材料や測定核種によっては、待ち時間が長くなる傾向があります。
CPMAS法は、DDMAS法に比べ感度が数倍高くなります。また、緩和時間が13C核種より短い1H核種で決まるため、DDMAS法に比べ待ち時間の短縮が可能です。しかし、スペクトルの定量性はありません。
分析試料・分析目的に応じて、これらの測定法を使い分けることが重要です。
5) 測定例
DDMAS法とCPMAS法の使い分けについて、グリシンの13C DDMAS NMRスペクトル【図4】、13C CPMAS NMRスペクトル【図5】を例に紹介します。
13C DDMAS NMRスペクトルでは、待ち時間が長く、測定に長い時間が必要でしたが、積分値よりCH2基とC=O基の割合が正しく算出できており(1:1)、定量性のあるスペクトルとなっています。
一方、13C CPMAS NMRスペクトルでは、短い待ち時間、少ない積算回数で、DDMASスペクトルと同等のスペクトルが得られました。しかし、積分比は実際の存在比に対応しておらず、定量性はありませんでした。
定量分析を行いたい場合はDDMAS法を、定性分析で素早く測定したい場合はCPMAS法を選択すると良い場合が多いです。
2.固体NMRスペクトルの特徴
固体NMRスペクトルの特徴について、溶液NMRスペクトルとの違いを中心に紹介します。
1) 等方ピークとスピニングサイドバンド
固体NMRでは、溶液NMRでは見られない、異方性相互作用に由来するスピニングサイドバンド(SSB)が出現することが多く、SSBを等方ピークと間違えないよう注意する必要があります。
SSBと等方ピークを見分ける方法としては、SSBと疑われるピークと等方ピークの間隔を確認する方法、MAS回転数を変えたスペクトルを比較する方法が挙げられます【図6】。
SSBはMAS回転数間隔で現れる性質があるため、等方ピークと別のピークの間隔がMAS回転周波数と一致する場合は、SSBの可能性があります。また、MAS回転周波数を変えたスペクトルを比較すると、SSBは化学シフトが変化しますが、等方ピークは化学シフトが変化しないため、両者を区別することができます。
2) ピーク分裂
溶液NMRでは、1Hスペクトルのピーク分裂から、隣接する1H元素の数を調べることができました。一方、固体NMRでは、間接スピン結合に比べ、異方性相互作用によるスペクトルの広幅化の影響が大きく、一般的にピーク分裂は観測できません。また、1Hデカップリングを行った場合、1H-測定核種間の間接スピン相互作用は消去され、ピーク分裂は観測できません。
ピーク分裂を観測するためには、間接スピン結合のみを残す手法であるJ分解NMR等が必要です。1)
参照文献
1) 林 繁信、中田 真一 編、「チャートで見る材料の固体NMR」、講談社サイエンティフィク(1993)